今回のトピックは,私が経験した珍しい不動産登記についてです。
それは,認可地縁団体による地方自治法第260条の38第1項の所有権移転登記です。
まず,認可地縁団体とは,地方自治法第260条の2第1項に規定する市町村長の認可を受けた「地縁による団体」のことです。「地縁による団体」とは,条文によれば,「町又は字の区域その他市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体」をいいます。簡単にいいますと,認可地縁団体は,市町村から認可された自治会や町内会のことです。
次に,地方自治法第260条の38第1項の所有権移転登記とは,同項に「認可地縁団体が所有する不動産であって~~所有権の登記名義人又はこれらの相続人の全部又は一部の所在が知れない場合において,当該認可地縁団体が当該認可地縁団体を登記名義人とする当該不動産の所有権の~~移転の登記をしようとするときは,~~」と規定されているところの当該移転登記のことです。
これだけでは分かりづらいでしょうから,私の経験したケースでご説明します(事案を分かり易くするため実際の状況を簡略化しています)。
前提は次のとおりです。
- 認可地縁団体であるA町内会が甲不動産を所有している(もちろん固定資産税を毎年支払っている)。
- 甲不動産の所有権の登記名義は,昭和30年に,売買で取得したものとして町内の50名の住人の氏名が登記されており(※),その後何ら手が加えられないまま今日に至っている。(※…当時,町内会のような権利能力なき社団は登記することができなかった。)
- そこで,甲不動産の登記名義を,正しく「A町内会」としたい。
さて,甲不動産の登記名義を変更するには,一般的には,登記名義人である50名の方々に登記手続に参加していただき,全員から印鑑証明書を頂戴しなければなりません。もし50名の中で死亡した人がいらっしゃれば,その人の相続人の全員に手続に参加していただき,相続人全員の印鑑証明書を頂戴しなければなりません。
ちょっと想像していただければ,すぐにこれは大変なことだぞ!と気が付くでしょう。昭和30年に登記名義人となった50名は,当時一家の長となっていた方々でしょうから,だいたい40歳代~60歳代くらいの方が多く,若くても30歳くらいだったろうと推測できます。昭和30年から令和2年まで,すでに65年が経過していますので,50名の方々は,当時60歳なら現在125歳で,当時30歳だとしても現在95歳ということになります。当然お亡くなりになっている方がほとんどというわけで,その相続人を探さなければならないことになります。そうすると関係者は100名,200名という数に上ってきます。中には行方不明の人,相続人の絶えた人などが出てくることも十分考えられます。
つまり,甲不動産は,もう通常の方法では登記ができなくなっている状況なのです。
このような状況を救済するために,地方自治法が改正され(平成27年4月1日施行),認可地縁団体のための不動産登記の特例が設けられたのであり,それが同法第260条の38と第260条の39なのです。
特例の手続の手順は,次のようになります。
- 認可地縁団体が市町村に,2の公告をするよう申請する。
- 市町村が,認可地縁団体が行おうとする不動産の所有権の移転の登記について異議のある関係者は異議を述べることができる旨を(最低3カ月間)公告する。
- 異議がなかったときは,市町村は認可地縁団体に,そのことを証する情報を提供する。
- 認可地縁団体は,登記申請の際に3の情報を提供すれば,登記名義人が関与することなく,認可地縁団体のみで登記をすることができる。
条文によれば,一部の者(全員である必要はない)の所在が知れない場合であってもこの特例が利用できます。上記前提のA町内会の甲不動産において,1名の方について住民登録がないことの証明が受けられましたので,A町内会はこの特例を利用して,無事に登記名義を是正することができました。
以上のようにして,通常では諦めざるをえなかったであろう認可地縁団体関係の登記をすることができました。これは,昨今社会問題化している所有者不明土地問題と根っこを共通にする問題であり,今回,将来の土地利用に係る障壁の除去・登記制度の信頼性の維持といったことに僅かながら貢献できたのでは,と勝手に喜んでおります。
[令和2年11月]