相続のご相談を受けて,共同相続が発生しているときに,「●●(兄弟など)からは放棄してもらった」とおっしゃる方が,時々いらっしゃいます。
以下,仮に相談者を「一郎」,●●の部分を「二郎」ということにして話をすすめますね。
さて,この際の『放棄』という言葉が何を意味しているのか,本当に理解している人は少ないかも知れません。
相談を受けた側としては,これが「相続放棄」なのか,「相続分の放棄」なのか,「相続した特定の持分の放棄」なのか,見極めなければなりません。
まず1つ目は「相続放棄」です。
相続放棄についてはコチラに説明していますのでご覧ください。簡単にいうと,二郎さんは家庭裁判所で手続をしたので相続人とならなかった,ということです。
この「相続放棄」の場合には,家庭裁判所発行の証明書で確認することができます。一郎さんは,二郎さんからその証明書をもらうべきでしょう。
2つ目は「相続分の放棄」です。
これは,非常に大雑把にいうと「自分は相続人として何も要らないよ」ということなのでしょうが,実は,民法上は「相続分の放棄」の規定がありません。
ですから,その解釈というか,取り扱いを慎重に行わなければなりません。
まず,遺産分割協議において,二郎さんが,確定的に遺産を何も取得しないと取り決めた場合が考えられます。この場合には,二郎さんに遺産分割協議(証明)書を作成してもらえばいいでしょう。作成済みなら話が早いです。
または,まだ遺産分割協議が行われてない段階で,二郎さんが,一方的に,自分は何も要らないと言っていた,という場合があります。この場合には,二郎さんに相続分放棄(証明)書を作成してもらうことが考えられますが,二郎さんの言う『放棄』が,自分以外の相続人たちに対して平等に放棄したのか,「一郎さんに対して放棄する」というような,相続分の譲渡と同様の趣旨だったのかまで確認しなければ,他の相続人たちの相続分がそれぞれどれだけ増えるのかについて不明確です。
やはり,遺産の帰属について全て二郎さん以外の者が取得する内容で作成した遺産分割協議(証明)書に,二郎さんから署名捺印をもらうのが一番確実です。または,その趣旨によっては,二郎さんに相続分譲渡証明書を作成してもらうのがいいでしょう。
最後に,3つ目は「相続した特定の持分の放棄」です。
これは,特定の遺産の持分について放棄するというケースです。
例えば,二郎さんは,『放棄』と言った際に話題となっていた特定の不動産のみを念頭に「自分は要らない」と言っただけかも知れません。もしかすると,今一度しっかり二郎さんに確認したら,「実家の土地建物は自分が住んでるわけじゃないし,その持分があるとか言われても,全然要らないんだけれど,預貯金がたくさんあるなら,それまでも要らないって言ったつもりはない…」と答えるかもしれません。この場合,二郎さんは,遺産のうち実家の土地建物に係る持分のみを放棄した(その他のことは不明…),と考えることができそうです。いずれにせよ,二郎さんの「要らない範囲」が曖昧な感じです。
「言葉足らず」とか,「自分の都合いいように解釈する」ということはよくあることですから,一郎さんは,二郎さんが「ああ,あれは要らないよ」とだけ言ったのを「全部放棄すると言った」と思い込んだとしても全く不思議ではありません。
このような場合には,一郎さんは,二郎さんにもう一度遺産分割協議を持ち掛けて初めから話し直したほうがよさそうですね。
以上のように,一口に『放棄』と言っても,いろんなケースが考えられますので,専門家に相談してきちんと整理してもらったほうがトラブルを防止することができるでしょう。
※2つ目と3つ目の『放棄』では,被相続人に消極財産(=債務)があった場合に,その債権者に対して債務のないこと(債務を相続していないこと)を主張することはできませんので十分ご注意ください。
[令和2年6月]